2016年9月24日土曜日

天職に気づく

天職というのは、探すものかもしれませんし、気づくものかもしれません。
案外と人は無意識のうちに天職を選んでいて、けれど選んだことに気づいていないことも多いように思います。

だから天職が見つかるかどうかを気にすることよりも、それが天職だと気づけるかどうかを気にしたほうがよい。

何よりも大切なのは、気づける感覚を磨くことです。

2016年9月23日金曜日

知を育む(はぐくむ)とは、どういうことか

知の吸収と栄養の吸収は似ている。
そもそも、知とは頭の栄養なのだから、似ているのは当然だ。

たとえば学者が研究してエッセンスを抽出した理論本から学ぶのは、サプリメントで栄養を摂ろうとするのに似ている。
効率よく、不純物が混じっていない純粋な栄養素がとれる。

では、栄養のすべてをサプリメントに頼る食生活は、「正しい」か?
それで、「人」は育つのだろうか。
知識のすべてを学者のエッセンス本に頼る学習は、「正しい」か?
それで、「人」は育つのだろうか。

一方で、自然食から栄養を得るのは、知で言えば体験や疑似体験(事例研究、ケーススタディ)から学ぶことである。
それは「効率的」ではないかもしれない。
けれどそれは、「本物」かそれに近いものではある。

サプリメントも有効であろうし必要でもあろうと思う。
けれど、それに依存する生き方や育ち方をしていないか。
便利な時代だからこそ、我々は注意しなければならない。

2016年8月2日火曜日

ビジョンの持ち方、志を立てるコツ

ビジョンとは「相手を思う気持ちから生まれる想像力」の産物です。
そもそも想像力という言葉自体、「想」で「像」をつくる「力」を持つということで、ビジョン作成法そのままじゃないですか。
そういう意味で、想像力をたくましくすることが、ビジョン構築力を鍛えるトレーニングとなります。

そしてもう一つ大切なこと。
想像の対象は、自分以外の誰か(または何か)であることが大事です。
自分の未来ばかり想像しても、人の心を動かすビジョンなど、できるわけがありません。

ビジョンがなかなか持てないという人は、自分が自分以外の誰か(or 何か)のことを、どれだけ心から想っているか、そのあたりからチェックしてみてはどうでしょう。

志とかビジョンは、「自分は何をしたいのか」だと言われます。それは間違ってはいないが、十分とは言えません。だって、それだけなら志と野望は同じになってしまう。

志とかビジョンは、「自分は、誰をどうしてあげたいのか」なのです。

2016年7月18日月曜日

生まれてきた意味を知れ

君たちが生まれ、生きていることには必ず何かの意味がある。

それに気づくことさえできれば、きっと運命の扉が開く。

だからまだそれが分からないという人は、早く気づけるよう、毎日自分に問いかけることだ。

2016年7月17日日曜日

大きな力と小さな人間

小さな人間には、大きな力は使いこなせない。

だから君たちが大きな力を欲するなら、しなければならないことは小手先の小さな技術を学ぶだけではなく、自分という人の器を大きくすることだ。

2016年5月19日木曜日

品位が求められる

我々は、合法であれば何をしてもいいのだろうか。
そこには、品性の問題がある。

少なくとも「代表者」には、適法性と共に品性が問われる。
品格・品位の高さが求められる。

合法であればいいだろうというのは、品位の低い人の考えることである。
上に立つ者は、そういう考え方ではいけない。

2016年4月18日月曜日

マインドフルネスの感覚

体験した人なら分かるでしょうが、マインドフルネスは、以下と同じ「感覚」だと思います。

・スポーツでいう「ゾーンに入った」状態

・心理学でいう「フロー状態」

・禅でいう「無の境地」

・「明鏡止水」の状態

また、柳生新陰流(剣術)には「水月の法」といって、相手の気の動きを察知する術があるそうですが、これも用法を聞くと、マインドフルネスの応用と考えられます。

上記はどれ一つとして、言葉で理解できるものではありません。
修練の長い繰り返しの末に、体で理解するものです。

マインドフルネスとは何か。
本当に知りたい人は、悪いことは言わない、体で知る努力をすべきです。
なぜならマインドフルネスとは一種の「体感」だからです。

たとえば「しみじみした感じ」を言葉で十分に説明することは不可能なように、
塩をなめたことのない人が、「塩味」を言葉で理解することも不可能なように、
感覚は言葉では十分な説明も理解もできないので。